法律とは何か
では、さっそく、今日の講義の内容の①法、法律、道徳 ②法規範の構造と法源、③法の分類――から始めます。
1.法、法律
人間が集まり、社会を形成して関わり合いながら生活をすると必ず利益の衝突が起こります。
社会生活を続けるためには、利益と利益の衝突を解決し調整するルールが必要となります。これが「法」です。
通常「法」と言う場合、2つのケースがあります。
1つは広い意味での法を意味する場合は社会生活を規律している規範のことです。
もう1つは特に法律だけを意味する場合です。法律とは、権限のある立法機関(国会)で制定された法律や、これに準じる命令などの規範を指します。
命令は、国会ではなく内閣や各省で作られるもので、法律と命令を合わせて法令と言います。
因みに規範には、法だけでなく道徳というものもあります。法と道徳は以下の2点で区別されています。
①対象性:法は外部の行為を規律し、道徳は内部の心理を規律します。
②強制性:法は国家権力による強制を伴いますが、道徳は自分の中の良心によって強要されます。
強制性には2通りあります。
2-1 規範から逸脱するものに一定の不利益を課す否定的な強制力
2-2 法を遵守するものに一定の利益を与える肯定的な強制力
Ⅱ.法規範の構造と法源
次は、法規範の構造について整理してみましょう。法規範には、①行為規範、②裁判規範、③組織規範――があります。これらは、並列の関係ではなく、裁判規範の前提は行為規範とされています。では、それぞれの定義を見てみましょう。
①の行為規範とは、国民が社会生活を送る上での行動の基準です。行為規範には、a一定の作為を命令する命令規範と、b一定の不作為を命令する禁止規範――とがあります。作為とは、人の行為のうち能動的にする行為のことで、例えば、金を払うこと、仕事をすることなどです。これに対し、不作為とは、あえて積極的な行動をしないということで、例えば、失火を放置すること、立退きをしないことなどです。
②の裁判規範とは、具体的な裁判の際の基準となる規範のことです。法の執行はご存じのように裁判によって行われますが、裁判が行われる場合は、行為規範が損なわれた場合です。法規範を維持するために、違法行為に対して裁判などで制裁を加えます。つまり、法規範は行為規範であると同時に裁判規範としての面も持っています。これが、裁判規範の前提は行為規範と言われる所以です。
③の組織規範とは、一定の機関の組織や権限を定めた法規範のことです。裁判が適正に行われるためには、裁判所の構成や権限等を定めた法規範が必要となります。例えば、「国会は、衆議院及参議院の両議院でこれを構成する」という憲法42条や、「内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する」という憲法66条1項の規定は、組織規範です。もちろん、「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する」で始まる憲法76条も組織規範です。
これらの法規範の役割は2つ、①国民の間の紛争解決の指針となること、②国民に予見可能性を与えるとともに、生活の安定を守ること――とされています。
そして、裁判官が裁判をする際に拠り所とする法規範を法源と言い、法源には、①成文法と②不文法――があります。
①成文法とは、文書で書き表され、一定の手続きと形式によって内容が決定された法です。また、その成立過程から制定法とも言われています。
日本では、制定する機関の違いにより、a憲法、b法律、c命令、d条例、e規則――などに分類されます。a~eそれぞれは、各法律を勉強する際に出てきますので、ここでは名称くらい覚えておけば大丈夫です。そして、制定法は、正式な手続きで廃止または改正されるまで、法源としての効力を持続するのが原則です。
一方②不文法とは、一定の手続きによって制定されたわけではないけれど、社会生活の中で現実に生きている法のことで、具体的には、a慣習法やb判例法――などがあります。
a慣習法は、長い間社会で通用していた慣習が、繰り返される中で、その慣習に従うことが当然と、社会一般に意識されるようになった時に成立します。
また、b判例法は、個々の判決の重要な部分で、判決の基礎であるレイシオ・デシデンダイ(判例理由)によって成立します。裁判例や判決例などを判例と言いますが、同趣旨の裁判が繰り返し行われることで、その判例に従って判決を下すことが当然と意識されるようなるのです。
法体系を学問的に分類すると、①ローマ法の影響を受けて成文法を原則的な法源とする大陸法系と、②コモン・ローの伝統を発展させて、原則として判例法を法源とする英米法系――に分けることができます。①の成文法主義を採っている国は、ドイツ、フランスなどの欧州大陸諸国、②の不文法主義を採っている国は、イギリスやアメリカです。
ちなみに、日本は、成文法主義を原則としていますが、不文法も成文法を補充するものとして認められています。特に、民法の分野では、裁判官が裁判に際して、適用すべき制定法等がないときに、条理と言って、ものの道理で結審することもあります。しかし、刑法の分野では、罰刑法定主義が採られ(後で詳しく出てきます)、条理による裁判は原則として認められません。ただし、違法性の判断の場面で、条理が考慮されることはあります。
Ⅲ.法の分類
具体的に裁判を行う過程で、法がどのような役割を果たすかに着目して、実社会で通用している法はいくつかの方法で分類されています。
1.公法と私法
公法とは、①国家と国家機関、②国家・国家機関と公共団体、③国家・国家機関・公共団体と国民――との関係を定める法のことで、具体的には、憲法、行政法、刑法、民事訴訟法、刑事訴訟法――などです。
一方、私法とは個人相互の関係を定める法のことで、具体的には、民法、商法、手形法――などです。
2.私法(市民法)と社会法
私法(市民法)とは、契約自由の原則(後で詳しく出てきます)などを指導原理とする法のことで、具体的には、民法、商法、手形法――などです。
社会法は、市民法を実質的平等の観点から修正した法で、具体的には、労働三法、独占禁止法などの経済法、生活保護法などの社会保障法――が該当します。
3.一般法と特別法
一般法とは、人、場所、事項において法令の効力を一般的に及ぼす法のことで、特定の人、特定の場所、特定の事項に限って効力を及ぼす法を特別法と言います。一般法と特別法は相対的な意味でつかわれます。
具体例を挙げると、人に視点を当てると、一般法・民法に対して特別法・皇室典範(皇族のみ適用)、場所については、一般法・借地借家法に対して特別法・罹災都市借地借家臨時処理法(被災地)、事項については、一般法・民法に対して特別法・商法(商行為)――という具合です。
4.強行法規と任意法規
強行法規とは、当事者の意思のあるなしに関わらず、適用される法規で、公法・社会法の大部分、身分秩序に関する規定、物権法の規定――などが該当します。
一方、任意法規とは、当事者が特約をすれば適用されない法規で、契約規定に関する規定が該当し、さらに補充法規と解釈法規とに分けることができます。民法の解説で詳しく出てきます。
5.実体法と手続法
実体法とは権利義務の発生、変更、消滅等の内容を定める法で、憲法、民法、商法、刑法――などが該当します。
手続法とは、実体法で定められた権利義務を実現する手続きを定めた法で、民事訴訟法、刑事訴訟法、戸籍法、行政手続法――などです。
6.実定法と自然法
実定法とは、特定の社会で実際に効力がある法のことで、制定法、慣習法、判例法はすべてこれに当てはまります。
一方、自然法とは、自然または人間の理性に基づく永久不変の法のことで、19世紀に法実証主義の台頭とともに一度否定された考え方ですが、ナチス・ドイツによる法実証主義の弊害から、戦後、復活した考え方です。
7.上位法と下位法
成文法には、上下関係があります。下の表は上位法から下位法へと並べてあります。そして、上位法は下位法に優先します。
また、どちらが優先するかに着目すると、後法(時間的に後から制定された法)は前法(先に制定された法)に優先するという決まりや、特別法は一般法に優先するという決まりもあります。